「使えるはずの制度」が使われない――労災保険の現実とこれから

「使えるはずの制度」が使われない――労災保険の現実とこれから

労災保険は、労働者が業務中や通勤途上に負ったけがや病気、障害、死亡に対して補償を行う公的保険制度である。保険料は全額事業主負担とされ、労働者自身の金銭的負担はない。本来であれば、働く人が安心して仕事に向き合うための、極めて重要なセーフティネットだ。

労災保険の特徴の一つが、通勤災害も補償の対象に含まれる点である。自宅と職場の合理的な経路・方法であれば、通勤中の事故やけがは原則として労災に該当する。ただし、私用で大きく経路を逸れたり、長時間の寄り道をした場合には適用外となる。現場では「どこまでが通勤か分からない」という声も多く、制度の分かりにくさが利用のハードルになっている。

業務災害についても同様だ。職場の階段で足を踏み外して捻挫した、といった比較的軽いけがでも、業務との因果関係が認められれば労災の対象となる。しかし実際には、「この程度で労災を使っていいのか」「会社に迷惑がかかるのではないか」と考え、健康保険で処理してしまうケースが少なくない。制度は存在していても、職場の空気がそれを使わせないという矛盾がある。

この背景には、労災申請が会社の評価に影響するという誤解や、手続きが煩雑だというイメージがある。事業主側にも「労災が増えると保険料が上がる」という意識が根強く、労働者が申し出にくい環境を生んでいる。確かに、業種によっては労災保険料率が異なり、災害発生状況が一定程度反映される仕組みになっているが、軽傷まで含めて過度に忌避するのは本末転倒だ。

今後の労災保険のあり方として重要なのは、単なる給付制度ではなく「予防と再発防止」を重視する視点である。労災を正しく申請し、原因を分析することで、職場環境や作業手順の改善につなげる。その積み重ねが、結果的に労災そのものを減らし、保険料負担の安定にも寄与する。

労災保険は、使うことで職場が悪くなる制度ではない。正しく使われてこそ、安全な職場づくりの基盤となる。制度の認知を高め、労災を「隠す」のではなく「活かす」文化を根付かせることが、これからの労働現場に求められている。

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